レッドソックス、監督交代劇後に即勝利
現地2026年4月26日、監督交代劇から一夜明け、レッドソックスは今や注目クラブとなってしまいましたが、現場はかなりいい影響が出ました。ここで不満や不服を撒き散らしても何も良いことはありませんからね。


オリオールズとのGm3に行く前に新指揮官となったチャド・トレーシー(Chad Tracy)について触れてみます。
チャド・トレーシーとは
What Chad Tracy said after his first win as Red Sox manager https://t.co/FqiMboGtox
— Boston Globe Sports (@BGlobeSports) April 27, 2026
アレックス・コーラ解任後に暫定監督として指揮を執ることになったチャド・トレーシーはフルネームはチャド・サミュエル・トレーシー(Chad Samuel Tracy)で1985年7月4日生まれで現時点では40歳。彼はメジャーに到達することなく、暫定ではありますが、メジャーの監督となりました。
広島の選手と違います!!
ファミリーネームとギブン・ネームが同じ選手で、もう一人、チャド・トレーシーがおります。彼のフルネームはチャド・オースティン・トレーシー(Chad Austin Tracy)で、1980年5月22日生まれの45歳。つまり、今回のレッドソックスの暫定監督となったチャド・トレーシーとは別人ですのでお気をつけください。よって区別をつけるため、レッドソックスの暫定監督のチャド・トレーシーはチャド・S・トレーシーと呼ばれることがあります。
こちらのオースティンの方は2001年のDバックスの7巡目指名で、右投げ左打ちの3B兼1B。2004年から2013年までメジャーでDバックスを中心に9シーズン過ごし、741安打、86HRを放ちました。また2011年には広島東洋カープに在籍し、HR1本を放っています。こちらはメジャーで過ごしたチャド・A・トレーシーということで。
父は元大洋でメジャー監督
レッドソックスのチャド・トレーシーですが、おじいさんはジム・トレーシー・Sr.で1948年から1951年までマイナー・リーグで3シーズン投げたことのある元投手。
そしてお父さんはジム・トレーシーで1980年にカブスでOF兼1Bメジャー・デビューを果たし、メジャーに1981年まで2シーズン在籍。1981年はストライキもありましたので、出場試合も限られ、メッジャーでは2シーズンで46安打のみ記録。
1983年はNPBの横浜大洋ホエールズと契約し、RFとして.303/.348/.495、HR19を記録。「大洋のトレーシー」と聞いて、「あの!」と思われたファンも中にはいらっしゃるかと。翌84年には打順を下げられたことで関根潤三監督と対立し、帰国しましたね。
現役引退後、ジム・トレーシーは2001年から2012年までメジャーの監督を務めました。監督としての成績は11シーズンで856勝880敗で勝率 .493。
- ドジャース: 2001-2005 (2004 NLウエスト優勝-NLDSで敗退)
- パイレーツ: 2006-2007
- ロッキーズ: 2009-2012 (2009年にNLウエスト2位)
また、兄のブライアン・トレーシー、弟のマーク・トレイシーもプロ野球選手でしたが、いずれもマイナーでした。
メジャーに上がれず
チャド・トレーシーはペパーダイン大学出身で大学時代はかなり活躍。2006年初頭にはドラフト1巡目指名候補と目されていましたが、同年のアマチュアドラフトでは3巡目指名となり、テキサス・レンジャーズから全体88位で指名されました。
現役時代は右投げ右打ちの捕手で2007年の腕の怪我もあり、メジャーには上がれませんでした。一時期、ロッキーズでは父の傘下でプレーはしております。
2015年にはエンゼルスのクラスA、バーリントン・ビーズ(アイオワ州)の監督に就任。その後、トレーシーは2018年から2021年までエンゼルスのマイナーリーグ・フィールドコーディネーターを務めた後、2022年からはレッドソックス傘下の3Aのウースター・レッドソックスの監督に就任。同年から2026年4月25日まで323勝296敗をマークしていました。
以上が概略なのですが、家族でメジャーに到達した人は少なかったですが、野球一家の中で育ち、中でもメジャーの監督経験が豊富な父がいたということで、監督としてはエリートで引き出しが多そうです。
初戦!
そのチャド・トレーシーの初戦はいきなりチームを活性化させるものでした。
走るぞ!で盗塁4つ!
試合前、トレーシーはチームに運動能力を活かすよう指示。つまり、走力を活かすぞと。
この日、レッドソックスの攻撃は4回までは無得点。ただ、判定はアウトとなったけれども、2回表には二塁打で出塁したセダン・ラファエラがマーセロ・マイヤーの浅めのRFフライで3塁へのタッチアップを敢行。タイミングはセーフでしたが、勢いで足が浮いたと判断されてアウトに。ここはチャレンジをかければセーフ判定だったかもしれません。
3回表には2アウトからジャレン・デュランがスチールをかけて成功。
そして5回表、先頭のケイレブ・ダービンがシングルで出塁すると、こんどはダービンに2塁盗塁を指示。これが成功します。1アウト後、アンドリュー・モナステリオのCFへの浅めのシングルでダービンが2塁から生還。これも足を使ったいい攻撃でした。
この後、ウィルソン・コントレラスに2ランHRが出てレッドソックスは5回に3点を先制。
コナリー・アーリーが踏ん張る
この日、ゲームを作ったのはなんと言ってもコナリー・アーリー。4回までオリオールズ打線を無失点に抑え、先取点を上げた直後の5回裏にサミュエル・バサーロにソロHRを浴びましたが、被害を最小限に食い止めました。
この後、6回表にセダン・ラファエラのトリプル、マーセロ・マイヤーのスチールなど、足を使ってレッドソックスは2得点を上げ、リードを拡大。
アーリーは7回途中、6.2イニングを投げ、被安打4、失点2、ER 2、BB 1、SO 4、HR 2と見事にゲームメイクしました。
この日、レッドソックスが決めた盗塁はなんと4つ!盗塁だけでなく、ダービンやラファエラの藻類そしてマルセロ・マイヤーが守備でファウルボールを捕球するなど、攻守にわたって足を使う野球を披露。
ブルペンもザック・ケリー、ギャレット・ウィットロック、アロルディス・チャップマンと繋いでオリオールズ打線を抑え、5-3で勝ちました。

試合後、好投したコナリー・アーリーは「ここ24時間は、誰もが少しショックを受けていました。本当に目まぐるしい日々でした。だからこそ、自信を持ってプレーできることを示したかったんです。試合前にチームで話し合い、ただ野球に集中し、お互いを支え合おうと決めました。今日は本当に良いプレーができたと思います。素晴らしい野球ができたし、AC(アレックス・コーラ)が望んでいたようなプレーができたと思います」と語っています。
この日はトレバー・ストーリーをベンチにアンドリュー・マナステリオをSSに起用しましたが、なかなか興味深い采配でした。
若手たちはこのチャド・トレーシーの下で育ちましたから、彼らとの息もぴったりという感じでした。
あとは吉田選手もうまく使ってくれれば、オフェンスの得点の機会も広がりそうですが、ここも注目ですね。
まずは監督として1勝。チームも活性化し、良い勝利だったと思います。
お読みいただき、ありがとうございました。

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