まさに先駆者
現地2026年8月16日、ヤンキースの発表によりますと、UCL再建手術の名称にもなったトミー・ジョン(Tommy John)氏が同年8月15日に亡くなりました。83歳。死因は膀胱がん。
Good Bye Letter
トミー・ジョン氏は2026年8月8日に開催されたヤンキースのOB戦(オールド・タイマーズ・デイ)を健康上の理由で欠席。ファンやクラブに向けた「グッバイ・レター」を提示しておりました。
“I want to thank the Yankees organization and the Steinbrenner family for giving me this opportunity to say goodbye to everyone, along with all the friends and fans who followed me throughout my 26-year career,” John wrote. “Thanks to Dr. [Frank] Jobe, who saved my arm and made it possible for me to continue pitching. That surgery has since gone on to save the careers of countless pitchers, including many of the very best in the game today.”
“Thank you to all the fans who supported me and my teammates for 26 years. I will never forget you.”
“The day I left for my first job as a pitcher, my father looked at me and said, ‘Good luck, Tommy. Just remember one thing. Whether you make it big in the big leagues or you don’t, you’ll always just be Tommy John from Terre Haute, Indiana.’ I’ve never forgotten those words. Thank you, and God bless.”
「ヤンキースのクラブ組織とスタインブレナー・ファミリー、そして私の26年にわたるキャリアを通じて応援してくれた友人やファンの皆さんに、こうして別れの挨拶をする機会をいただけたことに感謝します。私の腕を救い、投球を続けられるようにしてくれたフランク・ジョーブ博士にも感謝します。あの手術はその後、数え切れないほどの投手のキャリアを救ってきました。その中には、今日の球界を代表するトップクラスの投手たちも多く含まれています。
26年間にわたり、私やチームメートを支えてくれたすべてのファンの皆さんに感謝します。皆さんのことは決して忘れません。
投手として初めてプロの道へ旅立つ日、父は私を見てこう言いました。『頑張れよ、トミー。ただ一つだけ覚えておいてくれ。メジャーリーグで大成功しようがしまいが、お前はいつだってインディアナ州テラホート出身のトミー・ジョンなんだ』と。私はその言葉を一度も忘れたことはありません。皆さん、ありがとう。神のご加護がありますように。」
1974年にあの有名なUCL再建手術を実行
今や数多くの症例のある「トミー・ジョン手術」。その手術の名前がついたトミー・ジョン氏は野球ファンの間では有名過ぎるほど有名な投手。
術前の12シーズン
1963年にインディアンスでキャリアをスタートさせたトミー・ジョン氏は、2年間で114.2イニングを投げ、先発、中継ぎ双方をこなして2勝11敗、ERA 3.61。1965年シーズン開幕前にホワイトソックスへトレードされ、7年間在籍。先発ローテーションの柱としての地位を確立。特に1968年には177.1イニングを投げてERA 1.98をマーク。この年、オールスターにも初選出(通算4度出場)。またホワイトソックス時代は200イニング以上を4度こなし、1970年には269.1イニングを記録。
1972年にドジャースに移籍。1974年の途中までの3シーズン足らずで557.2イニングに登板。40勝15敗、ERA 2.89をマークしました。
術前の12シーズンは124勝106敗、ERA 2.97、2165.2 IP、SO1273をマークしました。
UCL再建手術へ
1974年7月17日の試合で、腕の痛みを訴えわずか2回で降板。結果、シーズン・エンドとなりました。検査の結果、尺骨側副靭帯(UCL)の断裂が判明。当時31歳だったトミー・ジョン氏はこれで選手生命はこれで絶たれたかに思われました。
フランク・ジョーブ博士による再建手術
しかし、ドジャースのチームドクターであったフランク・ジョーブ博士は、別の可能性を考えていました。ジョーブは、腱移植手術を用いてトミー・ジョン氏のUCLを修復・治癒させるという案を提示したのです。
それ以前にも手や手首に対して同様の手術は成功していましたが、肘(それも酷使されたMLB投手の肘)に対する腱の修復手術は、まさに未知の領域への挑戦でした。
「失うものは何もない」と考えたトミー・ジョン氏は、1974年9月に手術を受けることに同意。手術に踏み切りました。
手術の内容
1974年にフランク・ジョーブ博士が実施した歴史的な初手術は左投げのトミー・ジョンの右前腕・手首(具体的には長掌筋腱)から腱を採取し、左肘の修復に使用されました。
この最初の手術における移植片の採取部位は上述のように利き手ではない方の長掌筋腱を使用しましたが、現代のトミー・ジョン手術では、選手のニーズに応じて複数の部位から移植片を採取することが可能となっています。前腕の腱が利用できない場合や、より太く強靭な移植片が必要な場合にはハムストリング(薄筋腱)も使用されますし、時には足指伸筋腱も代替部位として選択されることがあります。

術後は14シーズンに亘り活躍!
トミー・ジョン氏は術後1年でアリゾナ・インストラクショナル・リーグで実戦復帰。しかし、1975年はメジャーでは全休しました。
復帰したのは1976年4月16日で、シーズンオフも挟んで1年7ヶ月をかけての復帰登板となりました。1976年はいきなり207.0イニングに登板し、10勝10敗。翌1977年には220.1イニングに登板し、20勝7敗でERA 2.78をマークしております。1978年にも17勝をマーク。
1979年からヤンキースに移籍し、2年連続で20勝以上をマーク。
その後、カリフォルニア・エンゼルスに移籍し、1985年にはシーズン途中でアスレチックスへ。1986年から1989年まで再びヤンキースでプレー。
トミー・ジョン氏は術後は1989年まで14シーズンにわたって活躍。メジャー最後のシーズンは46歳でした。術後だけで164勝125敗をマーク。ERAは3.66です。
この画期的な手術を経て術後も大活躍したという事実は、UCL修復手術の有効性を証明すると同時に、タフな先発投手としての同氏の功績をより際立たせるものとなりました。
結果、26シーズンで288勝231敗、ERA 3.34をマークしております。
HOFへの議論
引退後はHOF入りが期待されましたが、有資格期間の15年間を通じてHOF候補のリストに名を連ねましたが、クーパーズタウン(野球殿堂)入りを果たすことはありませんでした、ベテランズ・コミッティ(功労者選考委員会)による選出もまだなされていません。
ジョンの選手としての実績と、スポーツ医学の先駆者として彼とジョーブ博士が共に築き上げた功績を称え、両氏が殿堂入りすべきではないか、あるいは殿堂入りする可能性があるのではないかという議論が長年なされてきました。
成績も十分に思いますし、彼が扉を開いたという事実があります。
確かに執刀したフランク・ジョーブ博士が一番の功労者という考えもあるでしょうが、最初に手術に踏み切った決断はのちに数多くの投手のキャリアと生活を守りましたから、トミー・ジョン氏の功績は大きいですね。
RIP。
お読みいただき、ありがとうございました。

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