JV引退の裏でイェーツも引退
現地2026年9月26日、コメリカ・パークはJVことジャスティン・バーランダーの最後の登板で話題は一色でした。

しかし、その裏で実はベテラン右腕のパイレーツのカービー・イェーツも引退を迎えていたのでした。
イェーツ、キャリア初先発!
パイレーツはこの日、ブルペンデーを選択。ドン・ケリー監督はイェーツをオープナーとして起用しました。これはリリーフとして517試合に登板してきたイェーツのメジャーキャリアの中で、初めての「先発」登板になりました。
イェーツはディロン・ディングラーから三振を奪うなどして5つのアウトを積み重ねた後、ヨハン・ラミレスと交代してマウンドを降板。
2回途中、1.2イニングを投げ、被安打2、スコアレス、BB 0、SO 1の素晴らしい投球でそのキャリアを終えました。
もはやガス欠寸前だった・・・
試合後、カービー・イェーツは記者団に対し、「いい経験だったが、これで終わりだ……もう何も残っていないよ。そう言えばいいかな。しばらくの間、ガス欠寸前で走ってきたような状態だった。もう潮時なんだと思う。しばらく前からそう感じていた。この競技に自分のすべてを捧げてきたし、その見返りとして、感謝してもしきれないほど、そして想像していた以上のものを与えてもらったと思っている」と語りました。
2026年はLAAからPITへ
カービー・イェーツは2026年はエンゼルスとサイン。1年/$5M保証(2026)という内容でした。
しかし、開幕前に左膝の炎症でIL入り。シーズン・デビューは5月8日となりました。エンゼルスでは31試合に登板し、27.1 IPでERA 3.95。
8月3日のトレード・デッドラインで、23歳のマイナー右腕のカイル・ロビンソンとのディールでパイレーツに移籍。
パイレーツでは15試合に登板し、ERA 1.80と好成績をマークしていましたが、9月3日に右肩インピンジメント症候群でIL入り。
リリーバーとして確固たる地位を築く
カービー・イェーツは2009年、アンドラフティッドでアマチュアFAとしてレイズとサイン。
27歳となった2014年にようやくメジャーデビューを果たしました。90mph前半のファストボールと80mph前半のスライダーを武器に初年度は対戦打者の26.9%から三振を奪う投球を披露。
その後、2年間(レイズ、ヤンキース)はERA 6.13と苦しんだものの、2017年にパドレスで調子を取り戻し、61試合に登板してERA 3.72、BBレート8.4%を記録。対戦打者の38.5%から三振を奪う圧倒的な投球を見せました。この頃です。イェーツがスライダーを多用するスタイルから、80mph中盤のスプリッターを主体とするスタイルへと移行し始めたのは。
後にこのスプリッターは、イェーツの代名詞に。
2018年にはさらに進化し、65試合でERA 2.14をマーク。
2019年にはSVタイトル
そして2019年にはパドレスのクローザーとなり、60試合で41セーブを記録し、セーブタイトルをゲット。この年はオールスターにも選ばれ、サイ・ヤング賞投票で9位に入っています。
2020年はERA 12.46と4年連続60試合以上登板の疲れが出たシーズンとなり、エルボー・イシューも発症。

2021年はFAとなりブルージェイズとサインしたものの、トミー・ジョン手術となって登板のないまま再びFAに。

2022年はFAとしてブレーブスと2年/$8.25M (2022-23)でサイン。ブレーブスも1年目はもはや捨てたような契約でしたが、2023年に復活し、61試合でERA 3.28をマーク。
2024年も凄かった!
2024年にはレンジャーズとサインし、61試合でERA 1.72、セーブ 33をマーク。この活躍もあり、2025年はドジャースとサイン。

大いに期待されたカービー・イェーツでしたが、この年は故障に悩まされ続け、キャリアワーストのERA5.23を記録。4シームのアベレージ・ベロシティーは92.8mphとなり、2024年の93.6mphを下回りました。SOレートは29.6%と依然として高い数値を維持していたものの、ホームランには苦しみ、HRレートは2024年の1.3%から5.1%へと激増してしまいました。この年はハムストリングの肉離れが2回、腰の負傷が1回と、計3回もIL入りとなり、投球回数は41.1イニングに留まりました。
怪我に悩まされ続けたキャリア
もうガス欠寸前だったという自身のコメントがありましたが、カービー・イェーツの怪我の履歴はざっとこのような感じ。
| Date | Injury | Details |
|---|---|---|
| 2006年 | トミー・ジョン手術 | カレッジ時代。 2006/2007の2シーズンを棒にする |
| 2010年 | 右肩の捻挫 | レイズからドラフト指名されたのが2009年。 その翌年の2010年のシーズン終了後に右肩を手術. |
| 2018年4月 | 右足首腱炎 | パドレス在籍時、10 Days DL |
| 2020年8月 | 右肘炎症 (骨棘) | パドレス在籍時、8月に骨棘の除去手術を実施し、 残りシーズンを離脱 |
| 2021年3月 | 2度目のトミー・ジョン手術 | 2021年はブルージェイズで全休。 2022年はブレーブスに在籍するも大半は離脱 |
| 2022年9月 | 右肘炎症 | ブレーブス在籍時、15 days IL。 そのままシーズン・エンディング |
| 2025年 | 右ハムストリング痛 および腰痛 | ドジャース在籍時、年間を通じて3度ILへ。 PSでのロスターからは外れる |
| 2026年 | 左膝の炎症および インピンジメント症候群 | 開幕前に左膝炎症でIL入り。 9月にはインピンジメント症候群でILいり 引退へ |
コンディショニングで相当な労力を割いたのがよくわかる履歴です。そんな中でもセーブタイトルを獲得した年もあり(2019年)、2024年の素晴らしい成績もありました。
精一杯やったというのを心から言えるというのは勲章でもないでしょうか?すごいです。
イェーツにはお疲れ様でしたとしか言うしかありませんね。
お読みいただき、ありがとうございました。

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