(修正版)中里篤史投手はすごかった -浮き上がる真っ直ぐ-

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NPBの素晴らしい投手

新ブログ移行にともない若干修正して再アップします。

この人がメジャーに行けばな〜という選手はNPBの中に過去何人もいましたが、その中の一人が中里篤史投手。

中里投手とは

中里投手は、2000年ドラフト1位で中日に入団。

檜舞台としては2006年日本シリーズに登板し、ドラゴンズファンなら何を今さらと言われるくらいの素晴らしい投手した。

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WIKIPEDIAで素晴らしい記述がありましたので、そのまま転用させていただきます。

(2007年当時のWIKIより)

ルーキーイヤーの9月16日、巨人戦でデビューを飾る。
ストレートは151キロを記録。伸びる速球は唸りを上げ、並み居る強打者たちを捻じ伏せた。
高橋由伸、松井秀喜らに「これがルーキーの放るボールか?」と唖然。それ以来、高橋の中では過去最高のストレートを投げる投手となっている。

同年オフ、右肩関節唇および同関節包の損傷で投手生命を奪われかける。その後も脱臼癖がついてしまい、ドラゴンズファンの中でも「もう復活は無理だ」と言われる。あの鮮烈なデビューを忘れられないファンは、無理に中里の存在を消そうと「中里などと言う投手はいない」という台詞を口にし続ける。 が、2005年に復活、初登板で148キロを計測、同年にプロ初勝利をあげた。翌年自己最速の152キロをマーク。2007年はセットアッパーとしての活躍が期待される。

↑当時のWIKIを書いた人の文才に拍手を送りたいです。まったく大げさではないです。

2018年のWIKI

ルーキーイヤーの2001年フレッシュオールスターゲームでは150km/hをマーク。9月16日の対読売ジャイアンツ戦で一軍デビューを飾った。またこの試合ではプロ初安打となるタイムリーも放っている。2002年春季キャンプ中に宿舎の階段で転倒しそうになり、とっさに手すりをつかんだ際に脱臼。右肩関節唇および同関節包の損傷で、投手生命が危ぶまれるほどの重傷を負った[1]。2年間リハビリに努めていたが、2003年オフのトレーニング中にまたも右肩を故障。翌2004年も一軍登板なしに終わった。

投球の動画

その中里投手のストレートですが、藤川投手の球質と非常に似ています。

いわゆるオーソドックスなバックスピン系で、藤川投手のストレート同様、浮き上がって見えます。

リリースからキャッチャーミットまで、全く勢いが落ちないのがわかるほど。本当にすごいピッチャーでした。ちなみに、藤川投手のリリースです。

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二人とも球持ちがよく、体の前でボールを切っているのがわかります。

この意見は賛否あるかもしれませんが、メッツのザック・ウィーラーのルーキー時代の球質、20Kを奪った日のカブスのケリー・ウッドのような粘っこく糸を引くような球筋だったのを覚えています。

中里投手のその後です。

巨人時代

2011年は、二軍の成績は23試合に登板。3勝2敗、38回を投げて30奪三振、防御率3.79の成績であった。しかし、自身4年ぶり、移籍してから初の一軍登板なしに終わった。11月15日に2度目の戦力外通告を受けて現役を引退。

引退後は、スコアラーとして球団に残る

  お読みいただき、ありがとうございました。

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